生きる意味が分からないのは当たり前だし、分からないままでいいよっていう話

 

昔から、「生きる意味」とは、「大人になる」とは、「正しい」とは、なんてことを考える性格で、常に苦しんでました。

別に毎日が辛かったわけでもないのに毎晩考え込んでしまい、寝れない日もありました。

 

でも、ある1つの考えにいたってからは明るく生きれています。

 

それは、

「自分が存在することに意味なんてない」

 

というのをはっきりと理解することです。

 

これじゃあ本末転倒じゃないか!って思われるかもしれませんが、これでいいんです。

 

これがどういうことか今から丁寧に説明していきます。

 

 

軽く流し読みして理解できることではないので、ぜひじっくりと読んでほしいです。

 

なぜ生きる意味を求めるのか

 

「生きる意味が分からない」と悩んでいる人は、

「生きる意味が存在する」と思っている人です。

 

分かるかも。と思っているから悩むんです。

 

なので、生きる意味がないということが分かれば悩まなくなるんです。

 

そのために、まずはしっかりと

生きる意味なんてない!とわかっていただく必要があるので、

なぜ生きる意味は存在しないのかについて語っていきます。

 

人生にゴールはない

 

「生きることに意味なんてない」理由の一つ目は

 

「人生にゴールはない」

 

ということです。

何を当たり前なこと言ってんだと思われるかもしれませんが、意外とわかっていないものなんです。

 

ゴールがないということは、前に進むという概念がそもそも存在しないんです。

だから、だらけていようが精神的に成長しまいが、ニートしていようが問題ないんです。

それによってほかの人より劣っているといったこともないんです。

だって、進むべき方向というものは本来は存在しないのだから。

 

感覚的にはあると思いますが、それは文化や社会の流れの中で生まれた後付けの方向性です。

それを信じることが悪いとは一切思いませんが、それが正解でもありません。

 

次いきます。

生まれた理由は「生物の本能」

 

なんでこの世に生まれたか。

それは人間という生物の「増えたい」という本能によるものです。

 

増えてどうするかと言われても、とくに何もありません。

絶滅しないために増えているのだろうけど、そんなこと言われても知りませんよね。

 

つまり、

「生まれた意味もなければ、生きる意味もない」

ということですね。

 

なにか意味あるんじゃない?って考えるのもいいのですが、もしあったとしても知らされてませんよね。

何かわからないなら、ないのと同じでしょう。

 

社会の役に立つため や 誰かを幸せにするため

 

などを生きる意味として考えることが多いですが、それはいわば

人間が作った「意味」

です。

 

なにもゴールがないために、自分たちで作った「人工ゴール」です。

本当の存在意義ではありません。

 

生きる意味がないことをポジティブに

 

ここまでむしろネガティブにもとれることばかり言ってきましたが、次はこれを

ポジティブに変換する

ということをやっていきます。

上も下もいいも悪いもない

 

人生に意味やゴールがないということは、

「人より優れている」や「あの人の方が偉い」といった概念がない

ということです。

 

物に優劣をつけるときはかならず基準が必要です。

 

れは多くの場合

  • お金を多く持っている
  • 頭がいい

などのものが基準となるのですが、それは人生の良し悪しそのものの基準ではないですよね。

しいて言うなら「幸福度」が基準となりえると思いますが、そうなった場合でも

お金持ちが幸福度が高いということもないそうですので、よけい人に優劣なんてものが存在しないことになりますね。

 

生きることにゴールもなければ意味もない。

なら、

上も下もいいも悪いもない

んじゃないか。

 

がんばることに何の意味もないし、すごい人なんてのも存在しない。

 

そういうことになります。

 

頑張るのがえらい理由や犯罪に当たる行為が悪い理由なんてそもそも存在しないんです。

道徳というのは社会を成り立たせるために作られたルールです。

 

人が死のうが誰かが頑張ろうが人間以外には何の意味もないんです。

 

これをポジティブに考えましょう。

 

失敗なんて存在しないし、人の偉さやすごさも存在しないなら、なにをやってもいい。

 

ここまで考えられますね。

 

悪や失敗という概念がないのだから、やってはいけないことなんてないんです。

 

ただ、犯罪行為は悪いことではありませんが、社会にいられなくなるのでしない方がいいですね。

 

人がお互いに迷惑をかけない範囲で好き勝手生きればいいんです

 

本来そうするためにルールが作られ、法律ができたのでしょうけど、人は知らず知らずのうちに余計なルールまで自分たちにかけているんですね。

何してもいいんだから楽しもう

 

存在する意味なんてないということは、死んでも生きてもいいんです。

でも、死ぬのはいつでもできます。

 

それに、生きるということは楽しいこともいっぱいあります。

 

嫌なことからはいつでも逃げていいんです。

頑張っていない自分を責める必要も、失敗を恐れる必要もないんです。

 

だって、「悪い」なんてものは存在しないんだから。

 

何の意味もない命なら存分に使いましょう。

死ぬまで楽しいことをやりまくって使い捨ててやりましょう。

 

いますぐこの考えに変えるなんてことはできないと思いますし、私も完全には落とし込めていません。

でも、つらい時にはとても有効な考え方だと思うので、ぜひ使ってみてください。

 

では!

 

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。